遊学塾第4弾〜森の自然観察会・シカの食害

   
  ◆シカ食害 社会の無策

 地域貢献活動を展開している「多摩さくら百年物語フォーラム」(会長・斎藤耕一映画監督)はセミナー「多摩さくら遊学塾」の第4弾として9日、奥多摩町氷川の東京農業大学の演習林で「森の自然観察会」を開いた。雨雲が覆うあいにくの天気だったが、参加した34人は、演習林を散策しながら、ガイド役の菅原泉・同大森林総合科学科助教授から草木の生態や、シカの食害の実態などについて解説を受けた。(伊東謙治)

 一行は、JR奥多摩駅からバスで演習林につながる林道まで移動。林道を歩きながら菅原助教授の講義は始まった。
 この付近は暖温帯林と冷温帯林の境目にあたる。菅原助教授に付近の植物の解説を受けながら歩くとアラカシ、シラカシなどのカシ類が目立つ林は、徐々にブナ類が目立つようになるのがわかる。
 林道を数百メートル歩くと同大演習林についた。演習林は標高650〜1452メートルにある。156ヘクタールの広大な土地にスギ、ヒノキなどの人工林、ミズナラ、カエデなどの天然林が広がる。
 
演習林に入るとシカの食害が目立つ。林内のあちこちにはシカよけのネットが張られ、ネットのある場所は多くの草が生えているが、ネットのないところは、ほとんど草がなくなっていた。シカは1平方キロあたり3〜5頭が生息しているのが普通だが、最近の奥多摩では30頭もいた場所があったという。

 菅原助教授は演習林の中でも標高が高い場所にあるミズキやリョウブなどの樹皮が食べられている状況や、社会の無策がシカの増加を招いたことなどを説明し、「シカはオオバアサガラなど、これまで食べなかった植物も食べられるようになっています。シカが植物を食い荒らすことで、雨が直接、地面に当たり表土が流されやすくなっています」と話した。

 参加者は、シカの食害を目の当たりにして「動物愛護」だけではいけない現状にショックを受けた。

 


 一方、演習林内の豊かな緑の解説も行われた。菅原助教授は、道脇にある植物を指しては「イヌブナは葉の裏に毛が生えている。また、葉脈は本ブナが7〜11本くらい、イヌブナが8〜15本くらい」「フサザクラはエゴイスト。大きい葉が光を遮断し、枝の下には草が生えません」、「この標高ではマンサクの花は春一番に咲く花です」などとユーモアを交えながら説明した。

 またサワグルミが、げたの材料として使われていたことや、アブラチャンは実があんどんの油に使われたり、軟らかくて加工しやすいため、カンジキの材料に使われた、といった話に参加者たちは耳を傾けた。

 今回は標高800メートル付近まで登ったが、この付近には樹齢約250年、高さ30メートルのツガや、もっと高い場所に生えていることが多い本ブナが自生していた。「このあたりは昔は山岳宗教の拠点だったので、こうした樹木が伐採を免れたのでしょう」と菅原助教授。近くには山岳宗教に関係していると見られる小さなほこらも残されていた。

 人間の営みと豊かな自然のかかわりを考えさせられた一日だった。

 ◇参加者の声

◆山の管理の難しさ実感
 八王子市から参加した磯沼正巳さん(61)は「菅原助教授の話しぶりがユニークで引き込まれた。シカの食害については新聞などで読んで知ってはいたが自分の目で見て、山の管理の難しさを実感した」。

 また、町田市から参加した福本揮芳さん(59)は「木の名前の覚え方や森林の育て方など、とても勉強になった。このようなセミナーをまた開いてほしい」。一方、知り合いの林業関係者から自然管理の難しさを聞いていたという、東村山市から参加した赤石和子さん(61)は「林業やシカの食害、スギ花粉と、自然は身近なことだけに、色々と考えていかなければいけないと感じました」と話していた。

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 ◇東京農業大学森林総合科学科助教授 菅原泉さん50

 ◆野生生物保護、人工林の管理を

 ブナ科の植物は7年に一度、多くの実をつけます。それ以外の年は実をつけても種が入っていないシイナと呼ばれる実が多い。ブナはササが生い茂っているときには種が地面に落ちても発芽せず、ササが40〜50年に一度、多くが枯れたときに発芽します。つまり、ブナの豊作の時期とササが枯れる時期が重なる300〜350年に一度、ブナは生えることになります。我々の想像を超えた時間の長さです

 また、ブナはあまり実をつけない凶作の年が5年に一度くらいあり、あとは並作の年が続き、7年に一度豊作になります。隔年結実と呼ばれる現象で、この現象は果実を食べるネズミなどの生存を左右します。凶作によって食害者の数を減らし、豊作の年に受ける食害を軽減することで子孫が残る確率を上げる、ということをブナはわざと行っている、という説が有力です。

 日本で自生しているカバノキ属は11種類。奥多摩から山梨県小菅村の多摩川水源林の付近には、このうち7種類が自生しています。北米大陸でも8〜9種類しか生えておらず、狭いエリアにこれだけの種類が自生しているのは非常に珍しい。また、カエデ科の植物も国内で自生する26種のうち18種類が見られます。

 しかし、こうした豊かな自然も危機に見舞われています。大きな原因の一つがシカの食害です。シカが草木を食べ尽くしてしまうと、表土が流れ地滑りなどの可能性も高まります。

 千葉県の東京大学の演習林で大発生しているヒルは、シカの移動が原因とも考えられています。自然が大きくバランスを崩してきているということは確かです。

 シカが増えたのは農山村で多くの耕作地が放棄されたことや、広葉樹の林を、材木の原料になりやすいスギやヒノキなどの針葉樹の林にする林種転換が行われたためです。シカの食べる下草が増え、加えて、暖冬が続いたことで子ジカが生き延びやすくなりました。

 これを放置してきた行政の無策の責任も重いと思います。

 日本の林学は明治時代にドイツの林学を模倣したものですが、日本人は森林を木材の供給源として考える財産管理の部分を重視し、ドイツで発達していた動物観察学などの分野は軽視してきました。特に第一次世界大戦以降は木材生産だけにシフトし、森林生態系の一部である野生生物などの保護管理をおろそかにしてきたことが、現在の問題を引き起こしているのです。

 シカの数の管理が急務ですが、偏った人工林の在り方も問題です。行政も、針葉樹の人工林に、広葉樹を植え森林内の多様性を高める事業を進めています。すでに育った針葉樹と、まだ背丈の低い広葉樹が階層構造になることで、地面に雨が直接当たることを防ぎ表土を守る効果も期待できます。今、広葉樹と針葉樹の適正な配置やバランスなどの研究が進められています。

 人工林はうまく管理すれば、その林の優占種以外の植物も育ち多様性が生まれます。自然林より、かえって人工林の方が変化に強いともいえます。また、台風などでスギなどの針葉樹が倒れている映像が流れると人工林の方が倒れやすいと思うと思いますが、これも違います。樹木の根は1〜2メートルしか地中に入らないので、おのずと根が土を固める力は、そのくらいの深さまでしか効果がありません。大雨や地震があると危険なのは人工林も自然林も同じ。日本の森林の4割は戦後に造成した人工林で、しかも人が多く出入りする場所にあるので、被害が出ると目立ってしまうのです。

 巨大な樹木など、豊かな自然を見ると次の世代に残したい、と感じるでしょう。しかし、自然そのものだけでなく、自然を残そうという精神そのものを残してゆく義務があると思います。そうした精神が自然に関する知識を知恵にかえ、自然を守ることにつながるのだと思います。

 

(7/15・読売新聞多摩版記事より転載 )