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多摩さくらフォーラムの4月の遊学塾「江戸の礎 羽村堰(せき)で春を愛(め)でる」が15日、羽村市玉川の羽村堰などで行われた。45人が参加し、多摩地区を潤し江戸庶民の生活を支えた玉川上水などの歴史について学んだ。
一行は、長編小説「大菩薩峠」の作者として知られる中里介山の墓などを訪れたあと、玉川上水の取水口である羽村堰に向かった。

1654年に通水した玉川上水は人口が急増した江戸の生活用水をまかなうために造られたが、多摩地区のかんがい用水として使われ、新田開発や入植のきっかけになった。
今回のガイド役の羽村郷土研究会の須崎新太郎会長は堰に今でも使われている江戸時代の技法を解説。参加者は、「玉川上水開削を指揮した玉川兄弟の出身地は実ははっきりしていません」「100メートルごとに二十数センチのこう配がつけられている」といった話に熱心に耳を傾けた。
また、約200メートル離れた同市羽中4の根搦(ねがらみ)水田のチューリップ畑を歩いた。1・4ヘクタールいっぱいに赤や黄色の花をつける約20万本のチューリップに「本当にきれい」などという声があがった。 |