[ひと十字路]高尾の森づくりの会代表 河西瑛一郎さん
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「山を救え」植林に汗 「今は第1期、地道に続けたい」
「人の手が入らないスギやヒノキの人工林は、材としての価値がなくなるばかりでなく、地味がやせて荒廃してしまう」。そんな森を救おうと、ボランティアを募り活動している。
2000年、「高尾の森づくりの会」は林野庁と協定を結び、八王子市裏高尾町の国有林178ヘクタールの手入れを任された。定年退職した人たちが中心のメンバーは、広葉樹林と針葉樹林、天然林と人工林とが入り交じる変化に富んだ美しい山と豊かな水の流れがよみがえることを願い、植林作業などに汗を流している。
メンバーの3分の1は日本山岳会に所属するなど、山をよく知っている。「経験があるだけに、山を愛し、山をよみがえらせたいという気持ちが強い。だから会議も頻繁で、準備のためにパソコンにかじりつく毎日です」
中学時代、山好きの教師と一緒に出掛けた尾瀬ヶ原に魅了された。高校、大学で山岳部に入部。大学ではチーフリーダーとして50〜60人の部員をまとめたほか、付属高の生徒の面倒も見た。休暇期間中の合宿は70〜80人の大所帯。「落石や雪崩などの事故防止のための方針づくり、組織としての仕組みづくりが欠かせなかった」。同時に「組織運営の基本が会社に入る前に培われた」という。
就職後、しばらく山から遠ざかったが、47歳の時、フランスの提携先に責任者として出向。多忙ではあったが、1か月単位の長期休暇も取れるようになり、山登りを再開した。
アルプスのピッツ・ベルニナやネパール、パキスタン、チベットなどの山々を踏破したほか、国内でも剱岳や穂高に登り、その神秘的で奥深い山を堪能した。
定年退職を迎え、「山にいつか恩返しをしなければと思っていた」と、ボランティア活動を本格的に開始。「やらなければ何も生まれない。ただ、ボランティアである以上、効率よりも安全に楽しく長続きできるようでなければ」と無理のない計画を立てている。
下草刈り、間伐、枝打ちなどのほか、企業ボランティア受け入れや、子どもたちに自然とのふれあいを体験させる「こどもキャンプ」での指導も行う。
「今までの5年間は50年計画の第1期という位置付け。マンネリでも地道に長く続けていきたい」。かなたの目標をしっかりと見据え、ひたむきな努力を続けている。(谷口博威)
〈メモ〉
1940年、横浜市生まれの64歳。慶応大商学部在学中は山岳部チーフリーダー。毎日新聞社に入社し、営業畑で活躍。インターナショナル・ヘラルド・トリビューン出向も経験。日本山岳会会員。「高尾の森づくりの会」は現在、個人会員が210人、法人会員が12社。日野市在住。
(10/10 読売新聞多摩版記事より転載)
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